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HOT ! 自筆「源氏物語」源氏の君、紫の上の健康のご快復を願い加持祈祷をおさせになる・若菜(わかな)下の巻・茶道-茶道具-Ⅱ-51B

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自筆「源氏物語」源氏の君、紫の上の健康のご快復を願い加持祈祷をおさせになる・若菜(わかな)下の巻・茶道-茶道具-Ⅱ-51Bの詳細情報

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不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款

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「懸其所仕之車置諸廟」漢詩文の落款

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仙台藩医・木村寿禎の落款

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断層画像写真

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右が紫の上、左が女三の宮の模型

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源氏の君と紫の上、右下は今上帝の皇后

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左が冷泉天皇、右が源氏の君の模型

令和6年から「源氏物語」の作者・紫式部をモデルにしたNHK大河ドラマ「光る君へ」が放送されております。太平江戸往来。

京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵

自筆「源氏物語」の「若菜(わかな)下」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。我が西遊記 田中英光 昭20年 無頼派 中島敦 太宰治 検) 戦前明治大正古書和書古文書古本NL。


自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。ジュリアン・グリーン全集 全14冊 ジュリアン・グリーン。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。『芥子園令毛花果譜』(全3冊揃)大正8年風俗絵巻図画刊行会(藝苑叢書) 彩色木版画譜 花鳥画 中国美術 中国絵画 中国古画 青在堂令毛花果。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。御代官替并に庄附。現在の今上天皇と系譜がつながっている。参考保元・平治物語。

 関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。後世のつと。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。f24050704〇標記 十八史略 全7冊 沿革図銅版画10枚入 明治新刻 五車楼梓 状態及び摺良 明治18年〇和本古書古文書。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。番匠往来。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。●極上和本YM4724●美濃奇観 三浦千春(芽子園主人)作 池田崇広画 明治13年 地誌[岐阜]三浦源助板。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管  犬甘  清水  古文書。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。円地文子全集 全16冊 円地文子。(資料の記録は下記に掲示)

 出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。茶道聚錦 全13冊 千賀四郎編。
 自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。★【希少本 古書 明治13年 1880年 発行】画法一班 斑 第壱篇 東京職工学校 (東京工業大学 源流) 画書 西宮蔵★スマートレター発送可能。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。北支写真雑誌 北京現地編輯 華北交通資業局 1943年 検索⇒支那 中華民国 汪精衛 蒋介石 関東軍閥 憲兵 国民党軍 生写真 革命党 満洲 総督府。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。大田錦城『九経談』(全一〇巻四冊揃)文政7年 北嶌順四郎他刊 江戸時代和本 儒教 儒学 朱子学 太田錦城。また、各巻ごとの書かれた年については不明。古文書 古写本『姫陽陰語 全』寛延4年(1751年)7月10日 播磨国・姫路城下で起きた斬殺事件の顛末 「酒井の刃傷」全釈文付き!。従って、応永五年とは、書き始めの年である。【政】29816 太政官高札(こうさつ) 舞鶴藩 立て札 奉行ふれ札 取締り 看板 骨董 古物。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。w074 新絵様欄間集 上下 全2冊揃 平原助次 昭和7年■和本 古文書 建築 大工 図案 彫刻 木鼻。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。井上桜塘旧蔵書 汪エン著 桑原鷲峯編『汪尭峰文選要』(全二冊揃)文久2年 河内屋茂兵衛刊 江戸時代和本 中国清代の文人の漢文集 唐本漢籍。


 大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。埼玉県統計書(明治20年)。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。新増寺子往来。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。雨窓聞話。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。三木清全集 全20冊 三木清。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。加州敵討。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。志賀忍(志賀理斎)編『三省録』(全十冊揃=前編五巻五冊揃+後篇五巻五冊揃)天保14-文久3年 英屋文蔵他刊 江戸時代和本。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。思徳讃勧録 全 天保15 西教寺蔵書 写本 福井県三方上中郡若狭町持田 浄土真宗本願寺派 仏教 検)仏陀浄土宗真言宗天台宗空海親鸞法然密教PB。


 旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。床飾并魚鳥料理精進料利稽古献立。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。松浦羽洲編『すきかへし 三編』羽洲園蔵版 明治時代和本 俳諧書 俳書 俳句 連歌 連句 鋤かへし集 すきかえし 鋤かえし集 尾張名古屋の俳人。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。●極上和本YM3188●〈市川〉花鳥往来[〈御家〉花鳥往来]市川梢谷 淵辺松雅 享和3年書 文化元年刊 稀書往来物 書袋付き。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。辻ゲツ撰『新編西洋時計輯覧』明治二年序刊 明治時代和本(畳物一舗)新編時計輯覧 木版刷。

 出品した「源氏物語」は「若菜(わかな)下」の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。国基。若菜・下の巻名は朱雀院(前朱雀天皇)の五十の御賀があり、源氏の君はその賀宴を「このたび足りたまはん年、若菜など調(てう)じてや」に因む。松島往来。柏木は朱雀院(前朱雀天皇)皇女で源氏の君の正室に降嫁した女三の宮へのかなえられない恋に煩悶する。藤井高尚『松屋文集』(全二巻二冊揃)文化一一年 奈良屋長兵衛刊 江戸時代和本 本居宣長に師事した国学者。四年の歳月が経過。百人一首嵯峨の山ふみ。冷泉天皇は在位十八年にして東宮に譲位し今上天皇として即位した。●極上和本YM3176●御高札写[御高札御文段]随秀堂 嘉永7年 稀書往来物 美本。翌年、朱雀院(前朱雀天皇)と女三の宮との対面を企画し五十の賀宴が催されることになった。川端康成全集 全37冊 川端康成。源氏の君は六条院の女たちによる「女楽」による演奏の宴を開いた。民家分量記。柏木は、女三の宮の姉・女二の宮を正室に迎えたが、女三の宮への未練を断ち切れずにいる。多田義俊(多田南嶺)著 細谷文卿校『南嶺遺稿』(全四巻四冊揃)宝暦7年 芳野屋八郎兵衛梓 江戸時代和本。葵祭りの前日、柏木は源氏の君の不在時に小侍従の手引きにより女三の宮と逢瀬をした。真宗法要 8冊揃 明治23 浄土真宗 仏教 検)仏陀浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗 戦前OV。夏のある日、源氏の君は女三の宮の体調不良の原因がご懐妊と知り、不審を抱いた源氏の君が柏木から女三の宮あての手紙から柏木と女三の宮の密事が発覚する。摩島長弘(摩島松南)『娯語』(全四巻四冊揃)天保15年 晩翠堂蔵板 江戸時代和本 漢文体で著した随筆集。(女三の宮の子がのちの薫の君)源氏の君、41歳から47歳までを描いている。1940年 北支 写真誌 検索⇒支那 中華民国 北京 北平 汪精衛 蒋介石 関東軍閥 憲兵 国民党軍 督軍 生写真 革命党 満洲 総督府 張学良 古建築。


自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)


自筆上部の「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。千田是也演劇論集 全9冊 千田是也。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。『尺牘諺解』(全三巻三冊揃 合本一冊)延宝8年 文台屋次郎兵衛他刊 江戸時代和本 書翰諺解 漢文体書簡の書式・綴り方などに関する往来物。)

大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載

《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
「若菜・下」の巻は英文で「New Herbs Part Two」と表記されます。●極上和本YM3375●〈至宝〉女要四季の文箱[四季女用文]後印 桂佐助作 長友松 玄海堂書 江戸中期 稀書往来物 他に所蔵無し。
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。八十翁昔かたり。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来している。●極上和本YM4710●〈至孝〉自然生[伊賀国東条村孝子留松伝](明治期再刊)稲垣景直編 石門心学。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。広益諸家人名録。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。【中古】 驚異の足ツボ健康法 応用編 中国五阡年の秘術・足心道 (1980年)。》

「額縁入自筆原本」


(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。集議院日誌第一~第四。)

「自筆原本」
自筆下の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘の幾千姫(玉映)の落款。●極上和本YM4253●〈当世女鑑・歌人尽〉女用文章唐錦]春名須磨作 享保20年 吉文字屋市兵衛板 原装題簽付 美本 稀書往来物。

自筆上部のタテ長の印は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて
諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款。上田鷹居俳句 野口駿尾画『四季俳画』戦前期 審美書院刊 俳画帖。
反対側の印は仙台藩医・木村寿禎の落款


《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。江島其磧『傾城禁短気 色道大全』(3冊)宝永8年八文字屋自笑(八文字屋本) 江戸時代和本 浮世草子 遊郭もの/吉原もの 花魁 遊女。》

自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)


自筆が「古切」とされたのは江戸時代。賀茂季鷹『伊勢物語傍註』(全二巻二冊揃)安永5年 須原屋伊八刊 江戸時代和本。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載

(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。●極上和本YM4254●〈筆海子長谷川筆〉女教文海智恵嚢[女文硯]志田垣与祐 長谷川貞寿 寺井重房 天明5年 稀書往来物 原装題簽付 美本。


《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という若菜・下の原文中に引用されている漢詩の落款が押捺されている。【中古】 紫の履歴書 (1968年)。》

《御こと(琴)ゝもゝ》・・・・すさましくて、みなひきこめられ、
院のうちの人ゝは、みな、ある限り、二條院に集ひまゐりて、この院には、
火を消ちたるやうにて、たゝ、女とちおはして。●極上和本YM3207●蝉小川〈女筆〉〈寿福〉瀬見緒河 長谷川妙躰書 中村三近子補注 江戸中期刊 稀書往来物 女筆手本。「人一人の御けはひなりけり」
とみゆ。剤・丸・散・薬!/[坪井先生方凾・15丁・手写本]/薬草/丸薬/觧祇凝剤/二味毒丸。女御の君も、わたり給ひて、もろともに、見たてまつりあつかひ給ふ。近世日本国民史 全101冊 徳富蘇峰。
「たゝにもおはしまさて、ものゝけなと、いとおそろしきを。金色夜叉絵巻 鏑木清方画/尾崎紅葉作/初版/明治45/春陽堂刊/箱付/尾崎紅葉『金色夜叉』木版等の挿画を付した絵本 送料無料。
早く参(まゐ)り給(たまひ)ね」
と、くるしき御心ちにも、きこえ給ふ。【中古】 ロールシャッハの現象学 分裂病者の世界 (1977年)。わか宮の、いと、うつくしうておはしますを、
見たてまつり給ひても、いみしうな(泣)き給(たま)ひて、
「おとなひ給(たま)はんを、えみ(見)たてまつらすなりなむこと。●極上和本YM4216●〈万宝〉女用躾今川[今川の掟によせて女躾の条々]寺田正晴 寺田与右衛門 享保13年板後印 原装題簽付 稀書往来物。


(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。【中古】 アイデア開発法 ブレインストーミングの原理と応用 (1961年)。



(2)・自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。新井白蛾『牛馬問』(全四巻四冊揃)宝暦6年 菱屋新兵衛他刊 江戸時代和本 儒学者・易占家の随筆集。


《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》

《准大上天皇として現世における極上の栄耀栄華を得た我が身を回顧する源氏の君》

《源氏の君、紫の上の健康のご快復を願い加持祈祷をおさせになる》

《殿(源氏の君)は、対の上(紫の上)のことが気になり、
(源氏の君)「どうしたものか」
と、あれこれお迷いになっては、女三の宮(朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)の御方には、
ほんのしばらくもお越しにならない。肉筆本 大森久次郎書 半耕画『愛吟集』昭和15年序 謡本 謡曲 能楽 お能 能画。
お琴などの》・・・・興味もすっかり冷めきってしまい、みな取り片づけられている。石川万作白井つま情死留記。
六条院の内の人々はみなこぞって二条院に参上して、六条院では、火の消えたように
ただ御方々ばかりが残っていらっしゃって、そうなるとこれまでのはなやかさは
対の上(紫の上)お一人のご威勢であったのか、と思われる。藤原貞幹(藤貞幹)『好古小録』(全二巻付録一巻二冊揃)寛政7年刊 文房七宝ほか古美術品図譜兼考証書 江戸時代和本 骨董品 考古学。
 女御の君(明石女御・今上天皇の皇后)もお越しになって、
殿(源氏の君)とごいっしょにご看護申しあげていらっしゃる。医心方続編 全12冊の内第7巻のみ欠 11冊。
対の上(紫の上)は、妊娠中の女御の君(明石女御・今上天皇の皇后)のお体を気遣い、
(紫の上)「普通のお体ではいらっしゃらないのに、物(もの)の怪(け)など憑(つ)いては
ほんとに恐ろしいことでございますから、すぐにお帰りあそばすよう」
と、対の上(紫の上)は、苦しいご気分のうちにもお申しあげになる。竹久夢二木版画装『ビクター民謡曲』(2冊セット=第2,3編)昭和4年 ビクター出版社刊。
女御の君(明石女御・今上天皇の皇后)の若宮(東宮・皇太子)のほんとに
かわいくていらっしゃるのをごらんになるにつけても、対の上(紫の上)は、
ひどくお泣きになって、
(紫の上)「(東宮・皇太子)が大きくおなりになるのを拝見できないことになりますね。長谷川正直(長谷川城山)著『大磯竹枝』明治33年刊 明治時代和本 漢詩集。
私のことなぞ・・・・《忘れておしまいになるのでしょうね」
とおっしゃるので、女御の君(明石女御・今上天皇の皇后)は涙のあふれるのを
抑えきれず悲しいお気持になっていらっしゃる。日本国語大辞典 第2版 全14冊。》

備考1・源氏の君は先天的な優秀性のゆえに帝の寵愛を受けた。吾妻与五郎 (復讐朝顔鏡)。現在は、准大上天皇として現世における極上の栄耀栄華を得ている。杜甫全詩集 復刻愛蔵版 続国訳漢文大成 全4冊 鈴木虎雄訳。

備考2:冷泉天皇は桐壺天皇と藤壺中宮の皇子としているが実際は源氏の君と藤壺の皇子。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 古文書。東宮(皇太子)は、今上天皇として即位し、今上天皇と明石女御の御子は、源氏の君の孫、のちに次期天皇として即位する未来が開け源氏の君の栄華が際立つ。河本延之『可々楼年々百首』嘉永7年跋 可々楼蔵板 江戸時代和本 和歌集。

現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)

備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。●極上和本YM4573●江戸明治和本等>英傑三国志伝(正続2編7巻7冊)+改題本「画本英傑銘々伝」1冊。
禁裏(京都御所)で書かれたものです。黄帝内経研究叢書 全6冊 戸川芳郎監。


(2)・自筆の「英訳文」は次の通りです。【中古】 ニューディールの経済政策 (1965年)。


《New Herbs Part Two(若菜・下)》
Music had lost all interest and koto and flute were put away.
Most of the Rokujo household moved to Nijo.
At Rokujo, where only women remained, it was as if the fires had gone out.
One saw how much of the old life had depended on a single lady.
The Akashi princess was at Genji's side.
"But whatever I have might take advantage of your condition,"
said Murasaki, weak though she was.
"Please go back immediately."
The princess's little children were with them, the prettiest children imaginable.
Murasaki looked at them and wept.
"I doubt that I shall be here to see you grow up.
I suppose you will forget all about me?"


英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)



(2)・自筆の「中国語訳」は次の通りです。(中国・隋)釈智顗撰『法界次第初門』(全3巻揃/合本1冊)江戸時代和本 天台宗 仏教書 仏書 漢籍唐本和刻本。


《若菜・下》
琴已全无趣,那琴置一旁了。スミルノフ 高等数学教程 12冊揃 昭和38 数学算数算術算法珠算算盤数和算塵劫記幾何学代数検)アルキメデス ピタゴラスPE。
六条院内的人,都集中在二条院。村井実著作集 全8冊 村井実。六条院内灯火也很少有,
住在里面的只有几个女人。真歇和尚拈古。可里是全靠紫夫人一人而繁的。●極上和本YM3173●〈玉置〉初学消息集(題簽左肩)玉置茂八 栄長 筆華堂 稀書往来物。
明石女御也住二条院,与源氏共同看紫夫人。赤松連城 資料 全3冊 赤松連城研究会編。紫夫人道:
“身上有孕,我里恐有鬼怪,于不利,快快回去。般若心経決談抄。”
看幼小的公主得美可,不泪如雨下,道:
“我不能看大了!将来也不起我了。●即決!明治29年 古書「龍蟠鳳迎 陣幕久五郎通高事跡」第12代目横綱著  伊藤博文 山県有明 黒田清隆 松方正義 李鴻章 相撲。”


中国訳文の出典:『源氏物(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)


「若菜・下の巻」原本の末尾(原本番号107-B)の印は、仙台藩第五代藩主・伊達吉村の正室・伊達貞子の押印
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」若菜・下の巻の末尾(原本番号107-B)の押印。異国船献上物語。
左下の四角の大きな印は仙台・伊達家の家紋の印(竹に雀)
家紋の上2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)の印。◆古書・古文書・和書◆『西洋見聞図解 乾』明治初期◆。冬姫は内大臣・通誠の養女。古文真寶 明萬暦本 明弘治年 漢文古籍 宋黄堅 検索⇒ 唐本漢籍 支那 玉扣 善本 線装 木版刷 木刻本 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 清朝印譜。
冬姫は通称。●極上和本YM4272●〈百瀬〉ちらし書[百瀬ちらし書]百瀬耕元書 寛政9年 稀書往来物 原装題簽付 美本。正式な名は伊達貞子。★【古書・古文書】御系譜略 *広げると3m以上あります。★難有 ジャンク品 定形郵便発送可。2つとも貞子の印。土門拳全集 全13冊 土門拳。左端の写真は「若菜・上の巻」末尾の拡大写真。中條允(中条藍谷)注『明七才子詩掌故』(全七巻三冊揃)安永2年 梅村三郎兵衛他刊 江戸時代和本 中国明代漢詩集。
左上端の細長い落款は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩文の印。析玄。漢詩文の右の2つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)の印。●極上和本YM3219●父兄訓・笠翁諭言・第一上書 林子平 稀書 天明6年序 稀書。方子の上の印は方子の娘・幾千姫(玉映)の印。真宗和語聖教 10冊揃 明治14 浄土真宗 仏教 検)仏陀浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗 戦前OV。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。●極上和本YM3177●順見状(天保8年)稀書往来物(他に所蔵無し) 巡見使。右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 犬甘政準 具足鏡 古文書。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)


自筆の疎明資料等は、下記の通りです。歌川豊斎「二十四孝」(小判錦絵/全24枚揃)明治時代〜大正時代頃 浮世絵 彩色木版画譜 中国で古来有名な孝子24人を描く。


(Ⅰ)・上の写真右端は、高松宮「源氏物語」のうち「桐壺」の巻冒頭・(出典資料 別冊「太陽」「源氏物語絵巻五十四帖」(平凡社・刊)78頁。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 石泉 犬甘半左衛門 中津藩 歴史的逸品 重要文化財 書状 古文書 8、9枚目に詳細説明文有。筆者は近衛関白政家公。【中古】 オイレンブルク日本遠征記 上 (1969年) (新異国叢書 12 )。中央の写真は、応永五年(1398)の年号。遠藤延好(藤原延好)『榲実』(全二巻二冊揃)万延元年序刊/青雲堂製本 江戸時代和本 和歌集 家集。年号の左の印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)。久保田米僊・久保田米斎・久保田金僊画『日清戦闘画報』(3冊)明治27-28年大倉書店 日清戦争の戦闘風景を描いた彩色木版画譜 明治時代和本。左の写真は、桐壺の巻の奥付。将棋粹金。左大臣から関白に昇進した近衛基熙(もとひろ)公の花押。『慶応新刻雲上示正鑑』(全二冊揃)明治元年 岡田屋嘉七他刊 明治時代和本 名鑑。上下2段の花押のうち、上の印は。富士谷御杖『俳諧天爾波抄』(全六冊揃)文化四年 野田七兵衛他刊 江戸時代和本 俳諧書 俳書 俳句 富士谷成章の子 国学者。出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)、下の印は仙台藩医・木村寿禎の落款(印譜)


「自筆の画像断層(MRI)写真」

(出品した自筆の「断層画像写真」(若菜・下の巻)MRI 35―51B
自筆下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款



「天皇の曽祖父・大炊御門宗氏の系図」「額縁裏面表記ラベル」
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」

1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。老鼠肝螺窓著 其角堂永機編 小築菴春湖校『俳諧みゝな草 下』明治14年 松崎半蔵刊 明治時代和本 俳諧書 俳書 俳句。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
【天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行】
4番目の写真は、「日本史の茶道」千利休の孫・宗旦と近衛基熙の茶の湯の交流」120頁(淡交社刊)
5番目の写真は、近衛基熙が、御所で第111代・後西院天皇を主賓に茶会を開催した記録「公家茶道の研究」55頁(谷端昭夫・著)


「源氏物語」「若菜・下の巻」絵図、茶室関係資料

下記写真1番目は、「源氏物語屏風(若菜・下)」(源氏物語絵巻)

朱雀院(前朱雀天皇)の五十の賀を祝い女三の宮、紫の上、明石女御が演奏する「女楽」の有名な場面
上の女性三人のうち右から紫の上は和琴、明石の女御は箏、女三の宮の琴。白骨御文勧録 文化元年 写本 浄土真宗 蓮如上人 仏教 江戸時代 極楽寺蔵 大阪府守口市藤田町 本願寺派仏陀浄土宗真言宗天台宗空海親鸞PB。
手前の後ろ姿で琵琶を弾いているのが明石の君


上から2番目の写真は、「淡交」別冊(愛蔵版・№71 『源氏物語』特集)

上から3番目左右の写真は、茶会における大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」を茶道具として用いた茶室の事例




大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品
商品説明(来歴)大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。(古本)大本営陸軍部 大陸命・大陸指総集成6 昭和16年 森松俊夫 函付き モリティ出版 MO8009 19941031発行。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。深尾須磨子『旅情記』昭和15年 実業之日本社刊(初版本)直筆献呈署名入(Sumako Fukao)。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。中井積善(中井竹山)原本 神惟孝(神晋斎)弁校『草茅危言摘議』(全五巻五冊揃)柳條閣活版 江戸時代和本 近世木活字本。

漢詩文原本自筆上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。信楽焼図解 1933年 小野賢一郎 陶器製造圖 神山村磁器 江州信楽 皇国陶器釜 写真版 コロタイプ 寶雲舎 単式印刷 陶器全集 和綴。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来するものです。【中古】 地方権力 保守の構造革新の体質 (1974年)。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。●極上和本YM4207●〈長雄〉隅田川往来 隅田川八景詩歌(明和8年)往来物 長雄耕雲 佐藤対雲 稀書往来物 原装題簽付。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。俳書/写本/「三疋猿・俳諧二十五箇條・芭蕉翁句略解(仮題)」/筆写人、筆写年不明/ 合本1冊。紫式部は「若菜・下の巻」を書くに際し、漢詩を熟読したうえで原文を書いていることがわかります。松本操編『明治外史』(全九編五冊揃)明治14-17年 思誠堂刊 明治時代史書 明治史。また、原文中の上部に「篆書(てんしょ)体」の落款を入れたのは、仙台藩の藩主の正室・仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)、通称伊達貞子か出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)のいずれかと推定されております。★【希少本 古書】志久礼 全 (志久れ) 詳細不明★ゆうパケット発送可能。

漢詩の落款の意味原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。【中古】 内外文様類集 (1979年)。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。『為今暁堂開庵披露 越後柏崎閻魔殿大奉額抜句』明治27年刊 明治時代和本(和装活字本)俳諧書 俳書 俳句 新潟県柏崎市郷土史料。 特に出雲・松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。三井呉服店広告入 木村松次郎編『歌舞伎座筋書』(5冊=第52,60,67,68号+「歌舞伎座狂言筋書」)明治34-45年刊 彩色木版画装。 「茶事」は、「ヨーロッパの晩餐会(ばんさんかい)」とも言われます。福武直著作集 全12冊 福武直。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 天文九月吉日 古文書。とりわけ、茶室に入って行うことは、床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)することです。北村湖春『源氏物語忍草』(4冊=巻2~5)菊屋幸三郎他刊 江戸時代和本 平安文学。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。御集海浜歴覧記。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。大沢賚(大沢赤城)『韻鏡発輝 全』天保13年刊 江戸時代和本 押韻論。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。蜻尾の遊ひ 広瀬満正が久保盛明を伴い奥羽北海道紀行 大日本鉄道鉄道哩一覧表 北海道奥羽紀行 古地図 明治26年  広瀬満正 日誌。 落款の「讃」の元になるその原文の個所には、
「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款が押捺されている。【中古】 日本史論叢 横田健一先生還暦記念 (1976年)。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。藤井懶斎『国朝諫諍録』(全二巻四冊揃)貞享五年 犬飼猪兵衛他刊 安西雲煙旧蔵書(印記「子孫永保雲煙家蔵書記」)江戸時代和本。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。和本 日蓮宗 日蓮宗秘書 着彩極密画 全 古文書  和本 古書 江戸時代。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。光緒年 監本四書 7冊 倣宋本 陸潤痒 木版刷 木刻本 唐本漢籍 清朝 検索⇒古籍善本 支那 彫版 刻経 玉扣 筒子頁 武英殿 套色印 白棉紙 書経。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。忍術からスパイ戦へ/藤田西湖/昭和17年・3000部/支那事變以來幾度か特殊の軍事任務に携はり我が忍術の今日に處して最大価値あるを認識した。


自筆の希少価値について自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。丘濬(邱濬)著 三宅元信注『故事成語考集註』(全二巻二冊揃)天保12年 林芳兵衛他刊 江戸時代和本 中国明代の朱子学者 唐本漢籍和刻本。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。手柄岡持(平沢常富)『岡持家集我おもしろ』(全2冊揃)文政2年序刊 狂歌集 狂詩・狂文 出羽国久保田藩士 戯作 狂歌師。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。たわけ問答。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。Q4-W5/27 特選神名牒 思文閣 内務省蔵版。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。井上通泰『和漢朗詠集和歌評釈』明治37年 弘文館刊 明治時代和本(和装活字本)柳田國男の兄 森鴎外の親友 眼科医(井上眼科医院)。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。日本往生伝。撮影後、展示のために再表装をしております。静軒百詩。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。★H460和本江戸期能楽大鼓方楽譜写本「葛流大鼓年数附」1冊/山本保成門人鈴木照層/葛野九郎兵衛尉定之/音楽/古書古文書/手書き。

断層(MRI)写真従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。辻原沙木子(辻原元甫)『倭小学』(全六巻揃・合本二冊)万治二年 埜田弥兵衛他刊 江戸時代和本 教訓書 絵入本。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。吉田暎二監修『三枚続逸品集 手摺木版浮世絵』(全20組60枚揃)山田書院刊 喜多川歌麿 鳥居清長 渓斎英泉 歌川国貞 歌川広重 歌川国芳ら。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。【中古】 ラ・トゥール 夜の画家の作品世界 (1972年)。

寸法「源氏物語」自筆の大きさ タテ21.8センチ ヨコ12.8センチ。世界風俗往来。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。義士夜討高名咄。額縁は新品です。★【希少本 岐阜県 養老山 養老公園 観光案内書 古書 明治29年 1896年 発行】養老名所案内 伊奈千幹 挿し絵あり★スマートレター発送可能。

「源氏物語」の自筆について1・筆跡の分析について
 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。【中古】 いたずら小おに (1975年) (学研小学生文庫 2)。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。【中古】 科学と宗教 (1969年) (潮新書)。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。【中古】 賃金 その理論と現状分析 (1966年)。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。●極上和本YM3359●手習仕用集(初板)笹山梅庵(大海堂)作 元禄6年刊 初板本美本 稀書往来物 書道。

2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。唐顔真卿祭姪文稿 珂羅版 原寸大玻璃版 台北故宮法書 書道法帖 碑帖 碑刻 書帖 金石篆刻 拓片 拓本 顔魯公 摩崖石刻 唐本漢籍。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 馬書覚書 古文書。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。(古本)降雪・融雪時における地盤強度と道路斜面の防災対策に関する研究 江花亮 私家版 G00603 201103発行。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。高僧和讃絵抄。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。但州湯嶋道中独案内。

3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。マル秘 台湾 中国陸軍の編成 中華民国 介石 軍備 金門防衛司令部 澎湖防衛司令部 馬祖 装甲師 軽装師 大陸反攻 歩兵火力 軍の編制 軍団制。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。C65-115 若竹 昭和十五年三月發行。

4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。ありべかり。母は後水尾天皇皇女女二宮。『勅奏官員表』明治12年 清宝堂刊 元袋付 明治時代和本(畳物一舗)銅版刷。実母は近衛家女房(瑤林院)。1892年 明治25年 日本外史簒語字解 古書 揃4冊  (検 頼山陽  ③EN。幼名は多治丸。●極上和本YM4714●道話目覚草 浪花某作 文化12年 稀書 石門心学。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。●極上和本YM3206●小笠原大諸礼集大全[小笠原大諸礼集]文政9年初刷本 美本 稀書往来物 大江文全編 村田嘉言画 奥田松庇閣板。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。理論・演習 辻正次 泉信一 昭和37 数学算術算法珠算算盤数和算塵劫記幾何学代数検)ピタゴラスアルキメデス 戦前明治大正古書古文書PE。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。【中古】 精神薄弱教育の研究 (1969年)。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。●極上和本YM3218●愛育茶譚(大本)桑田和(立斎)嘉永6年春刊 著者蔵板 医学 産育史料。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。●極上和本YM3333●〈証文字尽〉用文章手習鑑 稀書往来物 他に所蔵無し。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている

HP近衛基熙・旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。『堀川院百首』(全三巻揃)慶安3年跋 出雲寺和泉掾 江戸時代和本 堀河百首 平安時代和歌文学 藤原公実 源俊頼 源国信 大江匡房 藤原基俊。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。寂本『野峯名徳伝』(全二巻二冊揃)貞享四年序 紀南山書林永寧坊山本平六刊 江戸時代和本 真言宗 仏教書 仏書 徳島県・地蔵寺旧蔵書。

ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。【中古】 キリスト者の標準 (1961年)。


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