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不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款
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京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵
自筆「源氏物語」の「若菜(わかな)下」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。●極上和本YM4217●女大学宝箱(享和2年*初板本系)原装題簽付 極美本 往来物。
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。冷笑 永井荷風 明治43年 初版 送料無料。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。写本 膏方録 医学書 江戸時代 軟膏 処方箋 検)西洋医学東洋医学 蘭学 漢方薬 薬学 オランダ 阿蘭陀 鍼灸 杉田玄白 古書和書古文書古本NZ。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。板垣退助全集 明治百年史叢書97 板垣守正。現在の今上天皇と系譜がつながっている。今昔較。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。薩州家持高録之写。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。松典『掌中熟字箋』寛政2年 斉藤庄兵衛他刊 江戸時代和本 漢詩・漢字資料。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。神沢貞幹(神沢杜口)『其蜩庵随筆』(全五巻三冊揃)明治35年 三浦源助刊 江戸時代和本(明治刷)歌舞伎・相撲・富士山噴火・吉原。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。(古本)大本営陸軍部 大陸命・大陸指総集成3 昭和13年 森松俊夫 函付き モリティ出版 MO8006 19941031発行。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。清田タン叟『芸苑談』明和5年跋刊 江戸時代和本 越前国福井藩儒をつとめた江戸中期の儒学者の随筆集 君錦先生芸苑談。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。●極上和本YM4684●〈米穀〉売買出世車・売買出世車図式 八木宝の市 赤松閣鬼望 東白編 稀書 商業・経済。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。太平江戸往来。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。我が西遊記 田中英光 昭20年 無頼派 中島敦 太宰治 検) 戦前明治大正古書和書古文書古本NL。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。ジュリアン・グリーン全集 全14冊 ジュリアン・グリーン。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。『芥子園令毛花果譜』(全3冊揃)大正8年風俗絵巻図画刊行会(藝苑叢書) 彩色木版画譜 花鳥画 中国美術 中国絵画 中国古画 青在堂令毛花果。また、各巻ごとの書かれた年については不明。御代官替并に庄附。従って、応永五年とは、書き始めの年である。参考保元・平治物語。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。後世のつと。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。f24050704〇標記 十八史略 全7冊 沿革図銅版画10枚入 明治新刻 五車楼梓 状態及び摺良 明治18年〇和本古書古文書。
大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。番匠往来。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。●極上和本YM4724●美濃奇観 三浦千春(芽子園主人)作 池田崇広画 明治13年 地誌[岐阜]三浦源助板。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 犬甘 清水 古文書。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。円地文子全集 全16冊 円地文子。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。茶道聚錦 全13冊 千賀四郎編。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。★【希少本 古書 明治13年 1880年 発行】画法一班 斑 第壱篇 東京職工学校 (東京工業大学 源流) 画書 西宮蔵★スマートレター発送可能。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。北支写真雑誌 北京現地編輯 華北交通資業局 1943年 検索⇒支那 中華民国 汪精衛 蒋介石 関東軍閥 憲兵 国民党軍 生写真 革命党 満洲 総督府。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。大田錦城『九経談』(全一〇巻四冊揃)文政7年 北嶌順四郎他刊 江戸時代和本 儒教 儒学 朱子学 太田錦城。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。古文書 古写本『姫陽陰語 全』寛延4年(1751年)7月10日 播磨国・姫路城下で起きた斬殺事件の顛末 「酒井の刃傷」全釈文付き!。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。【政】29816 太政官高札(こうさつ) 舞鶴藩 立て札 奉行ふれ札 取締り 看板 骨董 古物。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。w074 新絵様欄間集 上下 全2冊揃 平原助次 昭和7年■和本 古文書 建築 大工 図案 彫刻 木鼻。
出品した「源氏物語」は「若菜(わかな)下」の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。井上桜塘旧蔵書 汪エン著 桑原鷲峯編『汪尭峰文選要』(全二冊揃)文久2年 河内屋茂兵衛刊 江戸時代和本 中国清代の文人の漢文集 唐本漢籍。若菜・下の巻名は朱雀院(前朱雀天皇)の五十の御賀があり、源氏の君はその賀宴を「このたび足りたまはん年、若菜など調(てう)じてや」に因む。埼玉県統計書(明治20年)。柏木は朱雀院(前朱雀天皇)皇女で源氏の君の正室に降嫁した女三の宮へのかなえられない恋に煩悶する。新増寺子往来。四年の歳月が経過。雨窓聞話。冷泉天皇は在位十八年にして東宮に譲位し今上天皇として即位した。三木清全集 全20冊 三木清。翌年、朱雀院(前朱雀天皇)と女三の宮との対面を企画し五十の賀宴が催されることになった。加州敵討。源氏の君は六条院の女たちによる「女楽」による演奏の宴を開いた。志賀忍(志賀理斎)編『三省録』(全十冊揃=前編五巻五冊揃+後篇五巻五冊揃)天保14-文久3年 英屋文蔵他刊 江戸時代和本。柏木は、女三の宮の姉・女二の宮を正室に迎えたが、女三の宮への未練を断ち切れずにいる。思徳讃勧録 全 天保15 西教寺蔵書 写本 福井県三方上中郡若狭町持田 浄土真宗本願寺派 仏教 検)仏陀浄土宗真言宗天台宗空海親鸞法然密教PB。葵祭りの前日、柏木は源氏の君の不在時に小侍従の手引きにより女三の宮と逢瀬をした。床飾并魚鳥料理精進料利稽古献立。夏のある日、源氏の君は女三の宮の体調不良の原因がご懐妊と知り、不審を抱いた源氏の君が柏木から女三の宮あての手紙から柏木と女三の宮の密事が発覚する。松浦羽洲編『すきかへし 三編』羽洲園蔵版 明治時代和本 俳諧書 俳書 俳句 連歌 連句 鋤かへし集 すきかえし 鋤かえし集 尾張名古屋の俳人。(女三の宮の子がのちの薫の君)源氏の君、41歳から47歳までを描いている。●極上和本YM3188●〈市川〉花鳥往来[〈御家〉花鳥往来]市川梢谷 淵辺松雅 享和3年書 文化元年刊 稀書往来物 書袋付き。
自筆上部の「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。辻ゲツ撰『新編西洋時計輯覧』明治二年序刊 明治時代和本(畳物一舗)新編時計輯覧 木版刷。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。国基。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
「若菜・下」の巻は英文で「New Herbs Part Two」と表記されます。松島往来。
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。藤井高尚『松屋文集』(全二巻二冊揃)文化一一年 奈良屋長兵衛刊 江戸時代和本 本居宣長に師事した国学者。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来している。百人一首嵯峨の山ふみ。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。●極上和本YM3176●御高札写[御高札御文段]随秀堂 嘉永7年 稀書往来物 美本。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。川端康成全集 全37冊 川端康成。》
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。民家分量記。)
「自筆原本」
自筆下の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘の幾千姫(玉映)の落款。多田義俊(多田南嶺)著 細谷文卿校『南嶺遺稿』(全四巻四冊揃)宝暦7年 芳野屋八郎兵衛梓 江戸時代和本。
自筆上部のタテ長の印は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて
諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款。真宗法要 8冊揃 明治23 浄土真宗 仏教 検)仏陀浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗 戦前OV。
反対側の印は仙台藩医・木村寿禎の落款
《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。摩島長弘(摩島松南)『娯語』(全四巻四冊揃)天保15年 晩翠堂蔵板 江戸時代和本 漢文体で著した随筆集。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。1940年 北支 写真誌 検索⇒支那 中華民国 北京 北平 汪精衛 蒋介石 関東軍閥 憲兵 国民党軍 督軍 生写真 革命党 満洲 総督府 張学良 古建築。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。千田是也演劇論集 全9冊 千田是也。
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という若菜・下の原文中に引用されている漢詩の落款が押捺されている。『尺牘諺解』(全三巻三冊揃 合本一冊)延宝8年 文台屋次郎兵衛他刊 江戸時代和本 書翰諺解 漢文体書簡の書式・綴り方などに関する往来物。》
《おはします》・・・・・ほと(程)にて、見(み)たま(給)ふ。●極上和本YM3375●〈至宝〉女要四季の文箱[四季女用文]後印 桂佐助作 長友松 玄海堂書 江戸中期 稀書往来物 他に所蔵無し。
「そのことゝなくて、しはしはもきこえぬ程に、おほつかなくてのみ年月
の過(く)るなむ、あはれなりける。八十翁昔かたり。なやみ給ふなるさまは。●極上和本YM4710●〈至孝〉自然生[伊賀国東条村孝子留松伝](明治期再刊)稲垣景直編 石門心学。くはしく聞きし
後、念誦のついてにも、思ひやらるゝは。広益諸家人名録。いかゝ。【中古】 驚異の足ツボ健康法 応用編 中国五阡年の秘術・足心道 (1980年)。世中淋しく、思はす
なる事ありとも、忍ひ過くし給へ。集議院日誌第一~第四。うらめしけなる氣色なと、おほろけにて、
見知り顏にほのめかす、いと、品おくれたるわさになむ」なと、
をしへ聞え給へり。●極上和本YM4253●〈当世女鑑・歌人尽〉女用文章唐錦]春名須磨作 享保20年 吉文字屋市兵衛板 原装題簽付 美本 稀書往来物。いと、いとほしく、心くるしく、「かゝる、うちうちの
あさましきをは、きこしめ(召)すへきにはあらて、わかおこたりに、
ほい(本意)なくのみきゝ・・・・《おほすらむ》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。上田鷹居俳句 野口駿尾画『四季俳画』戦前期 審美書院刊 俳画帖。
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《准大上天皇として現世における極上の栄耀栄華を得た我が身を回顧する源氏の君》
《柏木と女三の宮の密通を藤壺中宮と自分(源氏の君)とに重ねて合わせて悩む》
《柏木、女三の宮(源氏の君の正室)との密事(みそかごと)が露見し驚く》
《朱雀院(前朱雀天皇)の五十の御賀の延期》
《朱雀院(前朱雀天皇)が女三の宮(源氏の君の正室)ご懐妊を知り心配をされる》
《院(朱雀院・前朱雀天皇)が、宮(女三の宮・源氏の君の正室)のことについて、
お気をおまわしになられる。賀茂季鷹『伊勢物語傍註』(全二巻二冊揃)安永5年 須原屋伊八刊 江戸時代和本。それにつけても、俗世のわずらわしいことは思い捨てあそばした
御身の上であるけれど、やはり子(女三の宮・源氏の君の正室)を思う道は
お忘れになりにくくて、宮(女三の宮・源氏の君の正室)にお手紙をこまごまと
書いておあげになったのを、ちょうど大殿(源氏の君)が
いらっしゃるとき》・・・・・なので大殿(源氏の君)が直接ごらんになる。●極上和本YM4254●〈筆海子長谷川筆〉女教文海智恵嚢[女文硯]志田垣与祐 長谷川貞寿 寺井重房 天明5年 稀書往来物 原装題簽付 美本。
(朱雀院・前朱雀天皇)「これといった用事もなくて、たびたびはお便りを
さしあげないでいるうちに、ご様子も分らぬまま年月が過ぎてしまうのは悲しいことです。【中古】 紫の履歴書 (1968年)。
宮(女三の宮・源氏の君の正室)のご気分がおわるくいらっしゃる由を詳しく耳にしてからは、
念仏誦経の折にもあなたのことが思いやられてならないのは、どうしたことですか。●極上和本YM3207●蝉小川〈女筆〉〈寿福〉瀬見緒河 長谷川妙躰書 中村三近子補注 江戸中期刊 稀書往来物 女筆手本。
大殿(源氏の君)との御仲の寂しく心外なことがあっても、辛抱してお過しになるように。剤・丸・散・薬!/[坪井先生方凾・15丁・手写本]/薬草/丸薬/觧祇凝剤/二味毒丸。
いかにも恨めしそうな面持(おももち)など、通り一ぺんなことで心得顔にほのめかすのは、
品格を下げることなのです。近世日本国民史 全101冊 徳富蘇峰。」
などと、朱雀院(前朱雀天皇)は、宮(女三の宮・源氏の君の正室)へのお手紙の中で父としてお諭(さと)し申していらっしゃる。金色夜叉絵巻 鏑木清方画/尾崎紅葉作/初版/明治45/春陽堂刊/箱付/尾崎紅葉『金色夜叉』木版等の挿画を付した絵本 送料無料。
大殿(源氏の君)は院(朱雀院・前朱雀天皇)のお気持がまことにお気のどくにも
おいたわしくて、このような内々の情けない不始末をご存じのはずもないのだから、
この自分の落度であると不本意・・・・・《におぼしめすのであろう、とばかりお思い続けになられる。【中古】 ロールシャッハの現象学 分裂病者の世界 (1977年)。》
備考1・柏木と女三の宮の密通を藤壺中宮と自分(源氏の君)と重ねて合わせて、恋ゆえに避難することができないと悟る。●極上和本YM4216●〈万宝〉女用躾今川[今川の掟によせて女躾の条々]寺田正晴 寺田与右衛門 享保13年板後印 原装題簽付 稀書往来物。
備考2・源氏の君は先天的な優秀性のゆえに帝の寵愛を受けた。【中古】 アイデア開発法 ブレインストーミングの原理と応用 (1961年)。現在は、准大上天皇として現世における極上の栄耀栄華を得ている。新井白蛾『牛馬問』(全四巻四冊揃)宝暦6年 菱屋新兵衛他刊 江戸時代和本 儒学者・易占家の随筆集。
備考3:冷泉天皇は桐壺天皇と藤壺中宮の皇子としているが実際は源氏の君と藤壺の皇子。肉筆本 大森久次郎書 半耕画『愛吟集』昭和15年序 謡本 謡曲 能楽 お能 能画。東宮(皇太子)は、今上天皇として即位し、今上天皇と明石女御の御子は、源氏の君の孫、のちに次期天皇として即位する未来が開け源氏の君の栄華が際立つ。石川万作白井つま情死留記。
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。藤原貞幹(藤貞幹)『好古小録』(全二巻付録一巻二冊揃)寛政7年刊 文房七宝ほか古美術品図譜兼考証書 江戸時代和本 骨董品 考古学。
禁裏(京都御所)で書かれたものです。医心方続編 全12冊の内第7巻のみ欠 11冊。
《New Herbs Part Two(若菜・下)》
He wrote to the Third Princess in long and troubled detail.
"I have neglected you because I have had no reason to write,
and I hate to think how much time has gone by. I have heard that you are not well.
You are in my thoughts even when they should be on my prayers.
And how in fact are you?
You must be patient, whatever happens and however lonely you may be.
It is unseemly to show displeasure when the facts of a matter are less than clear."
"How sad," said Genji, who chanced to be with her.
The Suzaku emperor could not possibly have learned the horrid secret.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
《若菜・下》
其例有所。日本国語大辞典 第2版 全14冊。”他竟如此猜想。吾妻与五郎 (復讐朝顔鏡)。世俗事,朱雀院均已抛舍,
惟父女之,犹自未能忘,于是写了一封的信三公主。杜甫全詩集 復刻愛蔵版 続国訳漢文大成 全4冊 鈴木虎雄訳。
信送到,正好源氏在六条院,便了。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 古文書。但其中有云:
“只因无甚要事,所以久不通。河本延之『可々楼年々百首』嘉永7年跋 可々楼蔵板 江戸時代和本 和歌集。音信隔,日月推,
使我不念。●極上和本YM4573●江戸明治和本等>英傑三国志伝(正続2編7巻7冊)+改題本「画本英傑銘々伝」1冊。汝近身患疾苦,我知情以后,念佛之余,
深挂念,不知近日如何。黄帝内経研究叢書 全6冊 戸川芳郎監。人生于世,即使寂寞寡,
或遭意外之,亦耐心忍受。【中古】 ニューディールの経済政策 (1965年)。
中国訳文の出典:『源氏物(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」若菜・下の巻の末尾(原本番号107-B)の押印。(中国・隋)釈智顗撰『法界次第初門』(全3巻揃/合本1冊)江戸時代和本 天台宗 仏教書 仏書 漢籍唐本和刻本。
左下の四角の大きな印は仙台・伊達家の家紋の印(竹に雀)
家紋の上2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)の印。スミルノフ 高等数学教程 12冊揃 昭和38 数学算数算術算法珠算算盤数和算塵劫記幾何学代数検)アルキメデス ピタゴラスPE。冬姫は内大臣・通誠の養女。村井実著作集 全8冊 村井実。
冬姫は通称。真歇和尚拈古。正式な名は伊達貞子。●極上和本YM3173●〈玉置〉初学消息集(題簽左肩)玉置茂八 栄長 筆華堂 稀書往来物。2つとも貞子の印。赤松連城 資料 全3冊 赤松連城研究会編。左端の写真は「若菜・上の巻」末尾の拡大写真。般若心経決談抄。
左上端の細長い落款は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩文の印。●即決!明治29年 古書「龍蟠鳳迎 陣幕久五郎通高事跡」第12代目横綱著 伊藤博文 山県有明 黒田清隆 松方正義 李鴻章 相撲。漢詩文の右の2つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)の印。異国船献上物語。方子の上の印は方子の娘・幾千姫(玉映)の印。◆古書・古文書・和書◆『西洋見聞図解 乾』明治初期◆。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。古文真寶 明萬暦本 明弘治年 漢文古籍 宋黄堅 検索⇒ 唐本漢籍 支那 玉扣 善本 線装 木版刷 木刻本 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 清朝印譜。右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。●極上和本YM4272●〈百瀬〉ちらし書[百瀬ちらし書]百瀬耕元書 寛政9年 稀書往来物 原装題簽付 美本。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(出品した自筆の「断層画像写真」(若菜・下の巻)MRI 35―93B
自筆下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。歌川豊斎「二十四孝」(小判錦絵/全24枚揃)明治時代〜大正時代頃 浮世絵 彩色木版画譜 中国で古来有名な孝子24人を描く。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
【天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行】
4番目の写真は、「日本史の茶道」千利休の孫・宗旦と近衛基熙の茶の湯の交流」120頁(淡交社刊)
5番目の写真は、近衛基熙が、御所で第111代・後西院天皇を主賓に茶会を開催した記録「公家茶道の研究」55頁(谷端昭夫・著)
「源氏物語」「若菜・下の巻」絵図、茶室関係資料
下記写真1番目は、「源氏物語屏風(若菜・下)」(源氏物語絵巻)
朱雀院(前朱雀天皇)の五十の賀を祝い女三の宮、紫の上、明石女御が演奏する「女楽」の有名な場面
上の女性三人のうち右から紫の上は和琴、明石の女御は箏、女三の宮の琴。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 石泉 犬甘半左衛門 中津藩 歴史的逸品 重要文化財 書状 古文書 8、9枚目に詳細説明文有。
手前の後ろ姿で琵琶を弾いているのが明石の君
上から2番目の写真は、「淡交」別冊(愛蔵版・№71 『源氏物語』特集)
上から3番目左右の写真は、茶会における大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」を茶道具として用いた茶室の事例
「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款が押捺されている。『為今暁堂開庵披露 越後柏崎閻魔殿大奉額抜句』明治27年刊 明治時代和本(和装活字本)俳諧書 俳書 俳句 新潟県柏崎市郷土史料。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。三井呉服店広告入 木村松次郎編『歌舞伎座筋書』(5冊=第52,60,67,68号+「歌舞伎座狂言筋書」)明治34-45年刊 彩色木版画装。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。福武直著作集 全12冊 福武直。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 天文九月吉日 古文書。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。北村湖春『源氏物語忍草』(4冊=巻2~5)菊屋幸三郎他刊 江戸時代和本 平安文学。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。蜻尾の遊ひ 広瀬満正が久保盛明を伴い奥羽北海道紀行 大日本鉄道鉄道哩一覧表 北海道奥羽紀行 古地図 明治26年 広瀬満正 日誌。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。【中古】 日本史論叢 横田健一先生還暦記念 (1976年)。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。藤井懶斎『国朝諫諍録』(全二巻四冊揃)貞享五年 犬飼猪兵衛他刊 安西雲煙旧蔵書(印記「子孫永保雲煙家蔵書記」)江戸時代和本。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。和本 日蓮宗 日蓮宗秘書 着彩極密画 全 古文書 和本 古書 江戸時代。撮影後、展示のために再表装をしております。光緒年 監本四書 7冊 倣宋本 陸潤痒 木版刷 木刻本 唐本漢籍 清朝 検索⇒古籍善本 支那 彫版 刻経 玉扣 筒子頁 武英殿 套色印 白棉紙 書経。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。忍術からスパイ戦へ/藤田西湖/昭和17年・3000部/支那事變以來幾度か特殊の軍事任務に携はり我が忍術の今日に處して最大価値あるを認識した。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。静軒百詩。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。★H460和本江戸期能楽大鼓方楽譜写本「葛流大鼓年数附」1冊/山本保成門人鈴木照層/葛野九郎兵衛尉定之/音楽/古書古文書/手書き。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。辻原沙木子(辻原元甫)『倭小学』(全六巻揃・合本二冊)万治二年 埜田弥兵衛他刊 江戸時代和本 教訓書 絵入本。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。吉田暎二監修『三枚続逸品集 手摺木版浮世絵』(全20組60枚揃)山田書院刊 喜多川歌麿 鳥居清長 渓斎英泉 歌川国貞 歌川広重 歌川国芳ら。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。【中古】 ラ・トゥール 夜の画家の作品世界 (1972年)。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。世界風俗往来。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。義士夜討高名咄。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。★【希少本 岐阜県 養老山 養老公園 観光案内書 古書 明治29年 1896年 発行】養老名所案内 伊奈千幹 挿し絵あり★スマートレター発送可能。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。【中古】 いたずら小おに (1975年) (学研小学生文庫 2)。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。【中古】 科学と宗教 (1969年) (潮新書)。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。【中古】 賃金 その理論と現状分析 (1966年)。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。●極上和本YM3359●手習仕用集(初板)笹山梅庵(大海堂)作 元禄6年刊 初板本美本 稀書往来物 書道。母は後水尾天皇皇女女二宮。唐顔真卿祭姪文稿 珂羅版 原寸大玻璃版 台北故宮法書 書道法帖 碑帖 碑刻 書帖 金石篆刻 拓片 拓本 顔魯公 摩崖石刻 唐本漢籍。実母は近衛家女房(瑤林院)。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 馬書覚書 古文書。幼名は多治丸。(古本)降雪・融雪時における地盤強度と道路斜面の防災対策に関する研究 江花亮 私家版 G00603 201103発行。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。高僧和讃絵抄。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。但州湯嶋道中独案内。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。マル秘 台湾 中国陸軍の編成 中華民国 介石 軍備 金門防衛司令部 澎湖防衛司令部 馬祖 装甲師 軽装師 大陸反攻 歩兵火力 軍の編制 軍団制。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。C65-115 若竹 昭和十五年三月發行。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。ありべかり。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。●極上和本YM4714●道話目覚草 浪花某作 文化12年 稀書 石門心学。
源氏物 Yunsh wy 典的 Jngdin de不昧公 公卿 肉筆 保障 保証 真筆 真筆 親筆 古筆 本物保証 本物保障 室町 掛軸 掛け軸 自筆 天皇 茶道具 宗鑑 良寛 伝来 歌仙 極め 極札 極め札 鑑定